朝鮮半島の日本併合の真相3-韓国政府の民主弾圧
韓国の初代大統領である李承晩は1960年に韓国(南朝鮮)から国外追放されています。李承晩は、共産党員の撲滅という名目で行った民衆の大量虐殺に加え、朝鮮戦争中に北部へ派遣した兵士に物資を送らず9万人も餓死および凍死させた責任を問われ失脚しました。李承晩の追放後は、韓国(南朝鮮)は、李承晩の独裁政権から脱し、民主主義国家としてスタートしたかに見えましたが、実際には、頭がすり替わっただけであり、独裁体制は変りませんでした。
独裁政治は民主主義の国では起きないイメージが非常に強いですが、実際は、民主主義国家でも共産主義国家でも起こります。かつて、民主主義国家フィリピンでは、マルコス大統領が独裁者でした。民主主義国家である「中華民国」となった台湾では、蒋介石が独裁政権を展開していました。共産主義国家では、ルーマニアのチャウチェスク大統領が独裁体制を敷いていました。
通常、世界史では、独裁者が失脚した後は、新しい政府が樹立され、民主政治国家として平常化に向かうところです。しかしながら、韓国(南朝鮮)では、王制が継続していました。つまり、李承晩独裁政権の崩壊後も、統治を行う政府とは別に、それを支配する「李氏朝鮮(Rhee Dynasty)王族」が継続しています。李承晩は、李氏朝鮮(Rhee Dynasty)の王族の分家出身です。しかし、反日抗日や大虐殺は、李承晩だけでなく、当然、韓国政府を支配する「李氏朝鮮の王族の分家一族」が関わっていました。
そのため、李承晩が単に政治的に失脚し国外へ追放になっただけで、李承晩が樹立した独裁政府が崩壊したわけでは無かったといえます。
結果、民主国家であるはずの韓国(南朝鮮)では、1980年代に至っても民主化運動は続いていました。1980年5月18日に起きた光州民主化運動では、3000人程度の学生や市民が韓国軍によって虐殺されたといわれています。
5.18光州民主化運動
日時:1980年5月18日から5月27日
場所:光州市
犠牲者:3000人
Wikipedia の説明文:
1980年5月18日から27日にかけて大韓民国(韓国)の全羅南道の道庁所在地だった光州市(現:光州広域市)を中心に起きた市民による軍事政権に対する民主化要求の蜂起である。韓国軍が自国民を大量虐殺した事件の一つであり、軍による一斉射撃などで一般市民に多数の死者を出した。
この事件は、前年の1979年に、朴正熙大統領が暗殺された事が切っ掛けになったと言われています。朴正熙大統領は、朴槿恵大統領の父親です。どちらも朴氏ですので、かつての倭人の国(日本)、新羅の王族の家系です。
唐の皇帝一族が朝鮮半島へ逃げ込み918年に高麗を建国後、新羅は935年に高麗に滅ぼされます。新羅は668年に日本が撤退して以降、唐から多くの中国人が流入し、政府高官として多用されるようになって行きました。実質的に、唐の植民地化が進んでいたともいえます。元は「倭人の国家(日本国」です。異民族である鮮卑が高麗を建国以後は、多くが「奴婢(=奴隷階級)」に落とされたであろうことは想像に易いでしょう。
朴正熙大統領は、Wikipediaの説明では、韓国政府軍に加わり、独裁政権を敷いた人物となっています。しかし、元々は日本併合時には、満州国の軍事士官学校に入り、満州軍の副官として日本側で戦っていた軍人でした。李承晩による独裁政権や大虐殺、朝鮮南北戦争を経ており、満州軍(日本側)に所属していたのであれば、蒋介石や李承晩が何をしたかも知っていたはずです。
李承晩の独裁体制から脱却するため、敢えて韓国政府軍に加わり、その後、独裁体制を形成しつつ、李承晩の国外追放、更には、1965年の日韓両国の国交正常化を強引に進めました。これにより、日本からの投資を得て、韓国では高度経済成長を達成しました。現在の歴史では、「独裁政権」だったとされています。しかし、実際には、日本との友好関係を必死に築こうとした人物だったといえます。
当時、金大中も、日本に対して、韓国の独裁政治体制の脱却への支援を求めて活動していました。金氏(Kim Family)もまた、古くは、「倭国の国(日本国)」であった新羅の王族一族でした。金氏(Kim Family)は、任那(伽耶)の王族の一族でもありました。当時も、金氏と朴氏とで、韓国政府(李氏朝鮮(Rhee Dynasty)王家)の独裁を変革すべく協力していたのでは無いでしょうか。
光州での学生らを中心とする一般市民の虐殺事件は、朴正熙大統領の暗殺を受けて起きた政府に対する抗議運動だったと言えるでしょう。現在では、民主化運動という「表現」になっていますが。
現在の歴史では、朴正熙大統領は、親日派の振りをして、日本から経済協力を引き出すために、日韓国交正常化を行ったという評価のようです。しかし、実際には、韓国政府(李氏朝鮮(Rhee Dynasty)王族の分家)を欺くために、敢えて「独裁政権」を展開し、その一方で、朴大統領は、日本との関係を改善し、経済協力を得ることで、韓国の本当の民主化を図ろうとしていたのでは無いでしょうか。 韓国は、現在でも、経済を動かしているのは、財閥と呼ばれる一部の富裕層です。当時も、政治と経済は、こうした財閥(王族系一族)が掌握していたといえます。
日本併合前に、奴婢階級だった人々が、奴隷解放のために、日本に支援を求めたように、朴正熙大統領も日本との関係により、財閥解体などの独占体制からの脱却を図ろうとしたのかも知れません。それが「暗殺」された理由であったとしても不思議はありません。当時も現在も、韓国では、誰かが財閥解体を唱えれば、確実に暗殺か失脚するほどの大問題といえるからです。
その後の韓国での民主運動
光州事件以降、韓国の国内での大規模な民主運動の情報は日本へは殆ど伝わって来ません。日本へ入る情報は、反日デモに関するものと、大統領の任期終了の頃に起きる退陣を求めるデモが殆どという印象です。日本人は、反日デモについては、流石に面倒臭いですし、国内では私もですが、それ程日本が嫌なら、日本が国交断絶すべきという声も上がっています。
大統領の任期後に、ほぼ毎回のように起きる民衆の抗議デモは、一見、大統領の投獄や罷免が民衆の総意のように見えます。しかしながら、大統領の任期後がどうなっているかを見れば、全員が、投獄や暗殺などで失脚しています。特赦で、刑務所生活を免れた大統領もいますが、死刑や無期懲役の判決も出ており、直近の2名については、投獄期間も極めて長期です。
大統領は選挙で選ばれており、民衆の支持を集めた結果、就任します。そうした人物が、任期後には、必ず、投獄や暗殺などで失脚しています。こうした処分の前には、民衆に因る非常に大規模な抗議のデモが行われます。そのため、日本人の多く、多分世界中が、「なぜこうした事態が起きるのか理由が解らない」と不可解には感じながらも、国内での民主運動の機運が常に存在することには気が付きません。しかしながら、韓国では、大統領の任期後に、政治家生命を完全に断たれる事態が継続しています。
また、処分は、親日派の大統領の方が明らかに厳しいといえます。李明博氏は日本で生まれ育っており、朴槿恵氏は「親日派」の印象があります。彼女は世界的にも有名であり、影響力のある人物です。光州事件で民主運動の軍隊鎮圧を指示した全斗煥氏は「特赦」を受け釈放されている一方、日本との関係修復に積極的だった大統領ほど、悲惨な結末を辿っています。
こうした歴史を見れば、韓国政府が、退任後の大統領をリーダーとする民主革命や民主運動に対して、大きな脅威や恐怖を感じていることが伺えます。他に、ここまで大統領となった人物の政治生命を完全に断つ理由がありません。
結論としては、韓国では、現在も財閥独裁が続いていることは明白です。
そして、この財閥独裁政治が、韓国の経済衰退の最大の原因である事は言うまでもありません。
歴代 | 大統領名 | 処分 |
初代~3代 | 李承晩 | 国外へ追放(国籍の除籍) |
4代 | 尹潽善 | 逮捕・実刑 |
5代~9代 | 朴正煕 | 暗殺 |
10代 | 崔圭夏 | 9ヵ月ー全斗煥のクーデターで突然辞任 |
11代~12代 | 全斗煥 | 死刑判決⇒特赦(amnesty) |
13代 | 盧泰愚 | 懲役17年⇒特赦(amnesty) |
14代 | 金泳三 | 次男が逮捕により完全失脚 |
15代 | 金大中 | 息子3人が逮捕により完全失脚 |
16代 | 廬武鉉 | 自殺 |
17代 | 李明博 | 懲役17年⇒投獄中 |
18代 | 朴槿恵 | 懲役22年⇒投獄中 |
19代 | 文在寅 | 2022年退任後、未定 |
伊藤博文の日本併合反対と暗殺による併合実現
日本併合を断固として反対していた日本の首相である伊藤博文は、金氏(Kim Family)側の安重根に暗殺されました。伊藤博文の暗殺されたことにより、結果、日本併合が実現しました。金氏(Kim Family)は、北朝鮮の国家代表のご一族のお名前でることは有名です。
韓国では、伊藤博文については完全に間違って理解されているようです。伊藤博文は、日本が清帝国から独立させた結果、大韓帝国となった李氏朝鮮(Rhee Dynasty)とは、それ以上、一切関わるべきでは無いと強く主張していました。伊藤博文が暗殺されなければ、日本併合は実現しなかったでしょう。
韓国では、日本併合は徹底的に批判しています。ですが、一方、日本併合の原因を作った安重根は英雄になっています。日本は、日本併合後も、将来の「大韓帝国の復活」を目指し、李氏王家(Rhee Dynasty)を存続しており、「本家」の皇太子は日本の皇室で保護していました。日本の敗戦後も、李氏朝鮮(Rhee Dynasty)の本家(Head Family)の王様が帰国すれば、単に新国家建国で済んだ話です。
伊藤博文の理解が間違っている理由も、韓国の成立の歴史を見れば、不思議ではありません。日本併合に同意した李氏朝鮮(Rhee Dynasty)の本家を悪者にする必要がありました。安重根は日本併合に反対していた話にせざるを得なかったといえます。
日本併合前の韓国のソウルの写真を見れば、日本併合は日本の国益には繋がらないことは明白です。それでも日本が、朝鮮半島を日本に併合した理由は、歴史上、朝鮮半島の人々の殆どが、元々は倭人(古代日本人)だったからであり、朝鮮半島が日本領だったからです。当時の日本人が、こんな酷い姿の人々を見れば、日本の身銭を切ってでも助けたいと思ったと思います。
日本併合前の李氏朝鮮(Rhee Dynasty)の写真
慰安婦問題や徴用工問題について
慰安婦問題や徴用工問題などで、韓国は、日本から強引に支援を引き出しては、結局、軍事拡張に費やし、民衆への分配はされていません。これが、慰安婦問題での賠償請求が何度も何度も繰り返されてきた理由です。
日本は、長い年月、韓国政府に騙されて来ましたが、何より、日本は韓国の発展を望んで来たため、経済支援をして来ました。しかし、韓国は、日本に対しては一切の感謝はありません。韓国政府は、常に、反日姿勢を崩さず、今も、日本を徹底的に敵対視しています。世界に対する、慰安婦に関するデマの流布、慰安婦像の設置要求、徴用工に関するデマ流布は、韓国政府による、日本への明らかな侮辱行為です。韓国の反日姿勢は疑う余地もありません。
日本併合下の朝鮮半島には、当然、朝鮮人による軍隊がありました。しかし、日本併合下では、当然、日本軍でした。朝鮮人の多くが日本語氏名を使っていました。朝鮮慰安婦は、「日本人の日本軍」ではなく、ほどんどが「朝鮮人の日本軍」に対して、慰安を行っていました。彼女達は、単なる高級売春婦ではありませんでした。兵士の健康維持のために、自らを犠牲にし、貢献していた女性達です。慰安婦と兵士とで結婚に至るケースもありました。朝鮮人の彼女たちの名誉のために、追記させて頂きます。
日本は、韓国との関係を考慮し、本格的な抗議せず、我慢して来ましたが、結果、韓国政府の良いように情報操作されて来ました。結果、残念ながら、世界の各所では、今も、日本を誤解した人々により、朝鮮慰安婦像が増設されています。
このサイトの管理者である私としては、こうした韓国政府による、日本に関するデマを世界へ大々的に流布する行為に対しては、日本は、徹底的に抗議し、慰安婦像の設置を阻止すべきと思います。
親愛なる全世界の皆様へ
慰安婦は、軍隊の梅毒蔓延を防止する目的で、正式に雇用されていた軍用売春婦です。当時、彼女達への給料は、日本軍の軍票で支給されていました。戦後、日本が撤退し、軍票が無価値となったため、慰安婦達は日本政府に現金化を求めました。それが、慰安婦問題の発端です。
日本は、既に、韓国の主張通り、多額の損害賠償金を既に支払いました。しかし、韓国政府は、日本からの資金を軍事費に費やし、慰安婦に分配しませんでした。そのため、慰安婦達々が、日本に対して、引き続き、抗議を続けるようになりました。
韓国政府は、この抗議活動を利用し、日本併合が侵略と植民地化であったという「大嘘」をでっち上げました。そして、このデマを世界中に広めることで、韓国は、日本の国際社会での信用低下を図って来ました。昨今、浮上している徴用工問題についても、同様の目的です。
当然、これらは、韓国製品の販売シェアを広げる目的です。要は、日本への経済活動妨害です。更には、韓国政府は、かつて、大虐殺行為と民衆弾圧により、国外へ追放した韓国人を利用して、日本への経済妨害を行っています。
日本併合は、李氏朝鮮(Rhee Dynasty)統治下で奴婢(奴隷)階級だった8割近い元倭人(古代日本人)の奴隷解放の目的がありました。日本併合は、侵略でも植民地化でもありません。日本併合により、朝鮮半島が飛躍的に発展しました。それを叩き壊し、朝鮮半島の南北分裂を生み出したのは、韓国政府です。
もし皆様の街に、
朝鮮慰安婦像があるなら、
早急に撤去頂きたくお願い致します。
朝鮮慰安婦の設置は「日本への侮辱行為」を意味します。
長年我慢してきた日本人の辛さを、どうぞご理解頂けますようお願い申し上げます。
本サイト運営者 今井貴水(Kisui Imai)
在日韓国人(南)、在日朝鮮人(北)、
帰化韓国人(南)、帰化朝鮮人(北)、
皆様に言いたい!
日本の敗戦後は、「李承晩の大虐殺」により、日本併合時に、日本人へ復帰した人々と、李氏朝鮮(Rhee Dynasty)の本家の皇太子と共に日本へ渡来した人々などが、朝鮮半島へ戻れない状況が起りました。
朝鮮半島に戻りたくても、戻れなかったのです。現在の「在日朝鮮人」が形成されて行きました。
(韓国建国前)
韓国建国後、朝鮮戦争の休戦後は、韓国では、独裁体制からの脱却を目指し、市民や学生の民主革命(反乱)が全国規模で多発するなど、国内政治の情勢不安が起りました。結果、各地では韓国政府軍による「民間人の大虐殺」が継続していました。
結果、朝鮮半島から大量の韓国人が、生き延びるために、日本へ密入国して来る事態になり、現在の「在日韓国人」が形成されて行きました。
(韓国建国後)
この当時、
大量の韓国人避難民の密入国を「黙認」し
帰化の優遇政策など「救済措置」
を決めたのは、
日本政府であり、自民党です。
更に言えば、結局は
日本の天皇陛下
在日朝鮮半島人の人々、特に在日韓国人(韓国建国後の渡来人)の人々が、生き延びて、今、この日本で暮らしていられるのは、日本政府と自民党が支援したからです。何より、天皇陛下のお陰です。
なぜ、あなた方「在日」は、「命の恩人」である日本に対して、敵対するのですか?
日本政府や自民党は「本来味方」です。、それを、まるで「親のかたき」かのように、常に反発を繰返している。
誰が、皆様の家族や親族を「虐殺」し「弾圧」したのか?
「李承晩」であり「韓国政府」ですよね?
その上で、
北朝鮮の軍事的な制圧による朝鮮半島統一に、
「在日(Koreans)」に「嘘の歴史」を吹き込み、
日本を軍事利用する為に
韓国政府は皆様を利用してますよね?
どうか皆様の本当の歴史を知って下さい。
騙されていることに気付いて下さい。