ノモンハン事件の真相

ノモンハン事件の真相

ノモンハン事件とは、昭和14年(1939年)5月頃から7月頃まで、ソビエト(ロシア)と満州の国境地帯のハルハ河の周辺で、日本軍とソビエト(ロシア)との間で勃発した「軍事衝突」のことです。現在の一般的な認識では、日本が大敗したとされています。しかし、実際には、日本は圧勝しました。

ノモンハン事件の目的は、中国からイギリスを撤退させるためでした。イギリスの中国進出は、ロシアにとっては極東方面での脅威です。中国共産党は蒋介石により相当な打撃を受け、規模も大幅に縮小していました。イギリスの傀儡であった蒋介石政府は完全潰滅し、中国の中央地域も殆ど日本軍が占領下となり、各地では自治政府が続々と成立していました。イギリスは蒋介石を既に見切っており、中国からの撤退の判断を迫られていたといえます。

そこで、イギリスと対立する大国のソビエト(ロシア)と、中国全土を占領中の日本が戦い、日本が圧勝すれば、イギリスへは相当な圧力になります。日本が占領している限り、イギリスは中国では植民地化は不可能だとの判断に至るからです。

ノモンハン事件では、日本が圧勝しました。直後に、日英会談が開催され、イギリスは日本の中国での政策に全面的に協力することを誓い、実質的に、「平和協定」を正式に締結しました。当然、この戦いも、「満州事変」や「北支事変」と同様に、日本とロシアによる計画的な軍事衝突であり、形式的な戦闘だったといえます。満州国政府も北京の北支政府も承知の上です。

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