南京攻略の真相9-捕虜達の大量投降
南京攻略(Nanjing Capture)の際、蒋介石政府軍からは大量の兵士が、日本軍へ投降しました。ここではその記事を紹介します。
以下の写真は、2015年10月放送「NNNドキュメント」、「南京事件ー兵士たちの遺言」というドキュメンタリー番組の放送で紹介された捕虜の数についての新聞の一部です。この番組は、南京攻略(Nanjing Capture)では、「日本が惨敗した」という誤った歴史認識を前提に製作されました。
番組によれば、南京攻略では、「日本兵が逃亡し、食料が無く、飢えて民家を襲った」という、歴史の事実とはかけ離れた内容を前提に製作されてました。その証拠として、歴史的には起り得ない、不可解な「日本兵の日記」が多数紹介されました。更には、南京の郊外の街で、日本兵に家族を惨殺されたとする高齢の中国人女性がインタビューも報道していました。こうした悪質な情報操作の結果、多くの日本人が、日本軍が南京大虐殺を行ったと騙されてしまいました。
しかし、やはり、人間というのは「嘘は吐けない」ものだと思います。この番組では、このサイトで私が証拠提示しているよう、「日本軍が圧勝していた」事実を示す「新聞記事」も放送されています。一方、この番組の目的は、大量の捕虜を日本軍が虐殺したという話を、日本人に信じ込ませることでした。そのために、当時の新聞記事で、実際に、大量の捕虜がいたことを紹介したのです。
当然、日本軍が圧勝していたことを証明するためではありませんでした。しかし、皮肉にも、大量の捕虜が出た事実が、日本軍が圧勝したことの証明となりました。「日本兵が逃亡し飢えていた」日記の内容とは、完全に内容が矛盾したのです。
日本軍の南京攻略(Nanjing Capture)では、攻撃はたった4日間でした。また、南京城内での戦いは、仮に本当に戦闘があったとしても、半日でした。翌日には、中国人市民が自ら「臨時の新政府」を成立しているのです。日本軍は、投降した兵士に食料を与え、負傷兵は手当て、傷病兵は入院させて面倒を見ていました。
南京大虐殺など起きるような状況がそもそも存在しません。
南京陥落に関する新聞記事
以下は、南京入城式の日の新聞ですので、昭和12年(1937年)12月17日の記事です。「敵の都を圧する日本軍の威武」というタイトルがあるように、日本軍が圧勝したことが報道されています。
左上に「持余す捕虜大量。廿二棟鮨詰め(Too much POWs crowded in 22 facilities)」とあります。捕虜が、22棟の収容用施設に満杯であったとあります。当時、蒋介石政府軍は10万ほどですので、そのほぼ全員が投降したとすれば、22棟の施設でも全然足りなかったことでしょう。「食糧難が苦労の種」とあるように、捕虜の食事を確保するだけで、大変だったようです。
残念ながら、TV番組の画像では、新聞の記事はボケていて読めません。しかし、日中戦争(Japan-China War)では、蒋介石軍内部の裏切りを隠す為、表向きは「激戦」だったことにする必要がありました。実際には、ほとんど戦っていなかったため、ほぼ全員が投降する事態となったのでしょう。捕虜は、全員は、とても施設には収容し切れなかったでしょう。日本軍は、施設に収容できない人々を「戦死扱い」で全員解放したようです。
日本に徹底抗戦する蒋介石派の正規軍は蒋介石と共に早々に逃走していました。南京に残った兵士たちは、基本的に、反蒋介石派であり、旧北京政府派であり、実質的に、日本軍の味方でした。南京に残った兵士達を、単に蒋介石政府軍だったからと言って、日本軍が捕えて罰する理由も必要も無かったといえます。
蒋介石の敗北に関する新聞記事
上記には、「蒋派、苦境(Chaing faction in plight」とあります。蒋派とは蒋介石政府軍の意味です。この記事を見ると、新聞社は、蒋介石政府では、蒋介石派と、反蒋介石派との分裂が起きていたことを認識していたのかも知れません。また、「蒋、豪語を止めず(Chaing does not stop boasting)」とあります。この記事の通り、日本軍の南京攻撃の10日以上前(約3週間前)に、蒋介石は、南京を捨てて逃亡しました。また、その後は、揚子江の上流にある武漢、漢口、更には重慶へ逃亡を重ねました。
蒋介石の政府は、実際には、南京陥落の時点で、完全に終了していたのです。しかし、蒋介石は、政府が崩壊した事は断固として認めませんでした。蒋介石は、首都を失ったのではなく、他の都市に首都を移転しただけだと繕いました。そして、中国から国外へ追放された後も、自分が中華民国の正式な代表であるという主張を崩しませんでした。
中華民国とは、実際には、清帝国が帝政から共和制への移行する際に、新国家の名称としたものです。その政府が北京政府でした。北部を中心とする統治体制は変りませんでした。一方、孫文は、南部で、清帝国に対し、民主革命運動の組織を結成しました。しかし、当時の南部は、正式な国家として政府を成立出来るような状態ではありませんでした。だからこそ、孫文は、日本の東京で、革命組織を結成していたのです。
中華民国とは、北部の袁世凱が、日本の大政奉還を習って、清帝国の政治体制の変革を図った事で成立しました。北京政府は、蒋介石の北伐により、一旦、終焉し、彼らの中華民国は蒋介石に奪われました。しかし、日中戦争(Japan-China War)で、旧北京政府が、蒋介石に奪われた「国家」を奪回したのでした。それ故、北部の新政府では、「中華民国」という国名をそのまま継承したのです。本来は、北京政府が樹立した国家だったからでした。
現在の歴史認識では、孫文が樹立した中華民国を、北部の袁世凱が奪ったような印象がありますが、これは間違いです。蒋介石は、台湾へ追放された後も「この中華民国に固執」しました。それは、蒋介石が、北伐で、北京政府から「中華民国」を奪った後、孫文が「中華民国」を樹立したと歴史を捏造したからでした。自分が「孫文の正式な後継者」であり、それ故に「中国の代表」であると主張するためには、「中華民国」は孫文が樹立したことにする必要があったのでした。
北伐前は、蒋介石は、南部政府の軍事学校の校長であり、孫文の政府内からは外されていました。蒋介石が中国の代表になるには、孫文の威光を利用するしかなく、北部政府の「中華民国」を使うしか無かったのです。孫文は、病死ですが、蒋介石に暗殺された可能性は否定出来ません。だからこそ、蒋介石は、南京に、あれほど大規模な「孫文の墓陵」を建設したのではないでしょうか?蒋介石が孫文を暗殺したことを、周囲に気付かれないために。
中華民国とは、本来は、北部の北京政府の国家名であり、日中戦争(Japan-China War)では、北部の旧北京政府側が、蒋介石から「中華民国」を奪回したのです。
日本と中国の関係悪化の情報工作
南京攻略(Nanjing Capture)、及び、南京大虐殺事件(Nanjing Massacre)についての大嘘やデマは、毛沢東との戦争に敗れた蒋介石が、戦後、日本と中国の関係を悪化させる目的で、捏造したものです。
現在の中国では、多くの人々が、蒋介石については、余り詳しく知らないようです。例えば、1)蒋介石が、なぜ国外追放され、台湾へ逃げ延びたのか本当の理由、また、2)蒋介石が毛沢東と10年近く戦争していた事実、3)蒋介石が毛沢東の家族(2人目の妻)を処刑し息子が行方不明になった事実など。多くの中国人は、多分、何も知らないかも知れません。
日本軍は、第二次上海事変までは、蒋介石政府軍とは全面対決していませんでした。満州事変の際、張学良が率いていた東北軍は、満州軍であり、実際には日本軍の味方でした。第二次上海事変以降は、日本軍は蒋介石政府軍に圧勝していました。日本軍は、都市の占領後は、治安維持会(自治政府)を成立させました。これは、日本軍が、即、独立を承認(approved)したことを意味します。その後は、中国人と日本人とが一緒に協力して、各都市を復興させて行きました。日本軍には、中国人を虐殺する理由がそもそも無かったのです。
一方、蒋介石は、中国共産党の撲滅を目指して、長期に戦争していました。南京大虐殺の証拠とされる写真は、この頃に、蒋介石政府が中国共産党員を虐殺して撮影した可能性が非常に高いでしょう。中国での残虐事件の最大の犠牲者として、最も可能性の高い人々は、中国共産党の兵士、党員とその家族だったと結論します。彼らは、蒋介石が最も消滅させたかった人々でした。尚且つ、守ってくれる勢力が無かった人々だったからです。
TV番組「NNNドキュメント」、「南京事件ー兵士たちの遺言」
1994年、元日本軍上等兵の大嘘インタビュー
この番組では、南京大虐殺事件は、1937年12月13日から12月16日頃に起きたと放送されました。この間に、日本人による中国人市民の大量処刑があったそうです。
しかし、歴史的な事実として、1937年12月14日は、南京では自治政府が成立し、北京では臨時政府が樹立した大変記念すべき日でした。南京攻略(Nanjing Capture)は、蒋介石から南京を奪回するのが目的でした。日本は、当然、北京臨時政府の母体となる満州系軍閥の「中国人」や、翌年南京臨時政府を樹立した漢民族系「中国人」とも、全面的に協力していました。
日本軍が南京の奪回を成功したと同時に、北京臨時政府を立てたのは、中国人による「国家の奪回」が目的だったからです。このタイミングで、もし日本軍が、南京で、中国人市民の大虐殺をやれば、隠すことなど不可能でしょう。当然、中国人からの信頼は完全に失墜したでしょう。それでは、その後の新支那中央政府の樹立に至った歴史と矛盾します。日本人と中国人大多数との協力関係や信頼関係が無ければ、成立しなかったからです。従って、そもそも、南京大虐殺事件は、その日程から起り得ないのです。歴史の事実を検証すれば、南京大虐殺は起り得ません。
この元日本兵だという人物は、何を根拠に、このような大嘘を吐いたのでしょう。また、どうして、日本人が中国人を大量に殺したという「日本人の日記」が存在するのかも理解不能です。
尚、南京大虐殺に関する「日本兵の日記」は、2種類が存在します。一方では、日本兵が残虐行為を行ったとする日記です。もう一方は、日本兵は何もしていない、又は、特に記載が何も無い日記です。両方が存在しているのです。明らかに、日本と中国で、やった、やらないの論争が起きることを想定したのでしょう。
結論としては、こうした情報操作は、韓国が、アメリカを再び極東アジア問題へ関与させる目的で行ったものです。日本と中国の関係が悪化すれば、アメリカは仲裁役として、極東アジア問題に関わるようになります。この状況下で、北朝鮮が、日本の本土にミサイル攻撃をすれば、米国は、日米安全保障条約により、北朝鮮へ軍事攻撃に出ることになります。韓国は北朝鮮と長期に軍事対立しているため、当然、参戦します。日本も、自国の防衛の為に参戦となるでしょう。結果的に、韓国が、アメリカと日本の軍事支援を受け、北朝鮮の軍事制圧出来ることになるのです。実際に、2017年には、北朝鮮から日本の方向へミサイルが発射さえる事態が起きました。
南京大虐殺事件は、当初、蒋介石が、自分の中国での悪行を隠ぺいするために捏造した話でした。これを、韓国が、北朝鮮の軍事制圧の目的で、米国と日本を軍事利用するために、話を大きく煽ったのです。
証拠として放映された日記を書いた元日本軍上等兵(1994年)
上記には、「何万という捕虜を殺したのは間違いない」とキャプションあります。しかし、歴史的な事実としては、日本軍は、当時、22棟の収容施設に捕虜を満杯に収容し、彼らの食事の世話をしていたのです。そうした当時の本当の状況からすれば、上記のような発言は有得ないのです。
戦後、意図的に、南京大虐殺があった事にしたい人々が多数存在したようです。この人物も非常に流暢な日本語を話していました。当然、彼らは、韓国人でしょう。日本併合時には、日本語で生活していた韓国人は多数存在しました。彼らは、こうしたTV番組で、偽証する人を雇っていたようです。そして、彼らは、日本人と中国人、更には、世界中の人々を騙していました。 この元日本軍上等兵が、もし本当の日本人だったら、涙を流し本当に申し訳無かったと懺悔の念で苦しむと思います。しかし、聞くだけでもゾッとするような残忍な行為を、まるで他人事かの様に、明るく話していました。日本人の感性ではありません。明らかに人間的な残酷さが感じられました。本人の顔にはモザイクが掛かっていますし、この人物が本当に実在するのかさえ疑わしいでしょう。
尚、「NNNドキュメント―南京事件 兵士たちの遺言」では、日本兵らしき兵士が、大量の捕虜らしき人々を移動させているような写真が紹介されました。この写真は、南京大虐殺を日本軍が行った証拠だそうです。
また、Wikipedia等、一般の歴史的認識では、南京攻略の際、日本軍の戦力は約25万人だったとされているようです。実際には、日本軍は、南部全域、上海と南京方面で、3万程度の兵力でした。蒋介石政府軍は40万でした。その40万の兵士の殆どが、蒋介石を裏切ったのでした。そして、南京では、独裁者の蒋介石が日本軍によって倒されるのを、一般市民と兵士達が待っていたのでした。その状況で、日本軍が、人々を、河原に連れ出して銃殺など、絶対に有得ません。
番組で紹介された小野賢二さんという人物は、戦後、南京事件を27年の長きに渡って調査し、日本全国を巡り約200人の日本兵から実際に証言を聞いたそうです。また、南京攻略に参加した兵士の実物の日記31冊を日本中から集めたと発言しています。当時、本当に、南京攻略に参戦していた日本人であれば、日記に残虐行為を記載するなど有り得ないのですが、証拠として放送された日記には、残虐行為が克明に記されています。それも行軍日誌の様に市民から奪った食料や物品の数まで記載してあります。
日本軍による南京大虐殺は当時の日中関係から歴史的には起り得ないのです。従って、この番組も、また、日本軍の仕業だったと騙す目的で作った捏造番組です。極悪非道な連中とは、虚偽被害を捏造し、虚偽証言するよう買収して、無実の相手に罪を着せるものです。その上で、こうしてメディアを使って、その冤罪がまるで真実かの如く演出するのです。
私は、自分の人生で、実際に全く同じ仕打ちを受けた経験者です。全ては、悪質な情報操作が切っ掛けとなります。我々日本人は、こうした卑劣極まりない「冤罪事件」が起きないよう、情報操作で騙されないよう、インターネットを始め、メディアの情報には、細心の注意を払うべきでしょう。